第六章:医者とバイオリン2

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夜の闇の中をどれくらい飛んだのだろうか。
「着きました」
の言葉にはっと我に返る。

意識が飛んでしまっていたらしい。
少し頭がぼんやりする。

ゆっくりと顔を上げると目の前に巨大なギリシャ神殿のような建物がそびえ立っていた。

真っ白い大理石のような石の柱のところどころに美しいガラス細工のランプが点灯している。

「ここは?」
兵の手をとり半馬人の背中からゆっくりと降りた。

「われわれは宮殿の中まで行くことができません。
今迎えのものがこちらに向かっていますのでどうかそれまで
こちらでお待ちください。」

僕を誰かと勘違いした誰かが、僕を迎えに来るらしい。

やはり逃げた方が良いのだろうか。
それとももう一度この兵を説得すべきだろうか。

メグサのときはたまたま奇跡的に上手くいったがそうそう上手い事が続く訳がない。

一度ゆっくりと深呼吸をしてみせる。

「あの…お話したいことが」

「何でしょう。」
目じりのしわをさらに寄せて中年兵士はにこりと微笑んで見せた。

「今更なんですけど、僕は貴方たちが探している人じゃありません。
人違いなんです。僕は記憶喪失でもなんでもないんです。」

「イネ=ノ様…」

すこし悲しげなまなざしで僕をみた。

どうしたら解ってもらえるのだろう。

「何か証拠になるものがあればいいんですけど…あ、そうだ」
こんなものしかないけど、と
スーツの胸ポケットから生徒手帳を取り出して見せた。

「僕の名前は射川竹人といいます。
日本という国から来ました。」
今までの状況から市町村の名前よりも国の名前を挙げたほうが適当だろうと判断した。
それとも惑星の名前を言ったほうがよかっただろうか?

写真つきの学生証のページを広げる。

すると兵士は眉間にしわを寄せて見せた。
「しかし…村人たちの病を治したではありませんか…」

「あれは本当に偶然です。
女の子に飲ませたのは僕の国ではただのお茶にすぎません。
それがたまたま効いたんだと思います。
あと、さっきの子供たちの母親に聴かせたのは音楽療法の一貫にすぎないかもしれません。
これもたまたま効果があったというだけで病気が治ると確信していたわけではないです。」


「そんな…事が…」
兵は首を左右横に小刻みに振りながら受け入れられない現実を眺めるような
困惑した表情を作って見せた。

「さては…」
いきなり口調が強くなる

「さてはお前、イネ=ノ様に化けた外部侵略者の使いだな?!」
突然手を取られると背中の後ろに回され技をかけられた。

「イタタタタタタ!」
思わず声を上げる。

「おい!!侵略者の魔術師を捕らえたぞ!」
周りの兵士たちがざわつく。

「こいつはイネ=ノ様の姿に化け、怪しい魔術で私たちを信用させ
宮殿へ忍び込もうとしていたのだ!!」

ええ?!
なんだそれ!!

周りの兵士と一緒に僕も驚く。

「ちょ…!!違うんです…ちが…イタタタタ!」
僕が喋ろうとするとさらに腕をきつく背中に回された。

「黙れ!おい、こいつを牢へぶち込め!!
それから怪しげな魔力を発するこの道具を焼き払え!!」

「え!?ちょ…バイオリン?!
やめ…イタタ!!」

「うるさい!!」

次の瞬間頭の後ろに激痛が走った。

消え行く意識の中、僕は願うしかなかった。
頼む…
頼むからバイオリンを焼くのはやめて…それは…
本当に…大切な…大切なもの…なんだ…



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