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寒い…
体が凍えそうだ…。
いや…もう、凍ってしまったのかもしれない。
あまりの寒さに僕はゆっくりと目を覚ました。
目の前には冷たい石畳の床が広がっている。
横になった体をごろりと回し天井を見るとやはりそこにも同じく石で出来たものが広がっていた。
頭の後ろがずきずきと痛む。
ゆっくりと体を起こした瞬間、更なる痛みを後頭部に感じた。
「いったぁ~…」
思わず手で頭の後ろを押さえようとしたとき
初めて両手首が鎖で縛られていることに気がつく。
あれからどれくらい時間がたったのだろう。
目が覚めたら自分の家のベットだったらどんなにラッキーだっただろうか。
今までのことが全部夢だった。
夢落ちだったんだ。
草原も半馬人も紫の瞳の女の子も、病気の母親も、
全部、
全部!
全部が夢だった!……
…………。
そう願いたかった。
だがしかし、まだ悪夢は続いているようだった。
ずっと石の上に横になっていたからだろうか
体がぶるぶると小刻みに震えている。
寒い…。
あたりをゆっくりと見回す。
床も壁も天井も、全てが石だった。
窓はない。
ドアさえも石のようだ。
上のほうに覗き窓があるが背が高すぎて
ドアの反対側の様子を伺うのは無理そうだ。
よじ登ろうにも手をふさがれていてはどうしようもない。
光はそこから微かに漏れているだけで
室内はかなり暗かった。
僕は一体どうなるんだろう。
この流れで行くと大体の予想は付く。
処刑だろうか?
とうとう終わりが来たんだろうか…。
頭は痛くてくらくらするし体は寒くて仕方がない。
水も食事もろくに摂っていないから体はふらふらで弱りきっている。
一体なんだって言うんだろう…。
何故僕はここにいる?
この世界に来てから何度も自分に掛けた問いかけを再び意識の外に投げかけるが
誰も答えてくれるものはいない。
一体…どうしてこうなったんだ…。
思い出せ…
どこでパラレルワールドのトンネルをくぐったのか…。
部活が終わって
裏道から駅に行こうとして、
そこで白人…えと…名前は…羽鳥翼、
そう羽鳥翼に出会ってお茶をもらって…
道を教えられ…。
石像の前で意識が途切れたんだった。
そうか…道を間違えたのが事の始まりだったのだろうか?
いや…そもそもあの道を教えたのは羽鳥翼だ…。
とすると…?
だったらこの夢の中で羽鳥翼が登場してもおかしくないじゃないか。
だが、一向に彼が登場する気配はない。
それとも寸でのところでヒーローのように登場するのだろうか?
そして僕にこう告げるんだ
「これは夢なんだ」と…。
もう訳がわからない…。
本当に、訳がわからない。
「一体なんだっていうんだよ!!」
思い切り叫んで見せた。
本当に…なんだって…。
と、突如ドアからものすごい地響きのする音が響いた。
「おとなしくしろ」
その声とともにゆっくりと開かれるドア。
向こう側から先ほどの中年兵士が現われた。
その後ろにも数人の兵士が立つ。
「悪かった。待たせたね」
にかりと綺麗にならんだ黄色い歯を見せて笑った。
え?
なに?
もしかして助けてくれるの?!
と一瞬期待したものの
彼が手に持っているものをみて愕然とする。
「さぁ、処刑の時間だよ」
手には鎖でできた犬の首輪のようなものを持っていた。
それを僕の首にはめる。
もう、抵抗する力もなかった。
ああ…そうだ。
もうシャットアウトしてもいいんじゃないかと思っていた脳を再度回転させる
「バイオリンはもう燃やしてしまったんですか?」
何も答えてくれない兵士。
あれは本当に大切なバイオリンだった。
あのバイオリンは祖父から貰い受けたものである。
もっと具体的に言うと祖父が父に譲り、
そして父が僕に譲ってくれたもの。
親子3代続く大切なバイオリンだった。
あのバイオリンでどれだけの人を救ったのだろう。
ゆっくりと暗いトンネルのような石の回廊を歩きながら、
僕はつぶやくように語りだした。
「僕の祖父も、父も医者なんです。外科医。
これまでにも多くの人の命を救ってきた。
体以上に傷ついた心には、病院で小さなコンサートを開いて
音楽の音色で癒してた…。
そんな父の姿が僕は大好きだったんです。
疲れた、だなんて言葉は一度も口にした事がない。
どんなに疲れていてもいつも笑顔でにこにこ患者や家族と接してくれた。
だから笑顔の大切さを僕は知っているつもりです。
僕はまだ医者じゃないけれど、
いつか父や祖父みたいな医者になりたい…そう思って今の今まで生きてきたんです。
もちろんあのバイオリンも一緒に…
あのバイオリンと一緒に夢を追いかけたかった…。
…なのに…」
急に頭がかっと熱くなる
「なのに!!」
体を抵抗して見せるがすぐに引っ張られ
首に激痛が走る。
「おとなしくしろ。何を言っても無駄だ。見ろ、あそこがお前の死場だ」
回廊の先にまた石の部屋があり天井にはクレーン車を思わせる滑車のついた
フックのようなものがあった。
首輪の先の鎖をそこに引っ掛けようというのだろう。
「待ってください!」
僕は足を止めて抵抗した。
「いい加減にしろ!」
兵が鎖を思い切り引っ張ったが
首の痛みをこらえなんとか抵抗する。
「お願いです!最後に一つ!一つだけ!!」
駄々っ子のように体をめちゃくちゃに動かして見せた。
あきれ返った目で見ながら兵士はため息をつく。
「なんだ?」
ちょっとほっとする。
「バイオリンはどこですか?もう燃やしてしまったんですか?」
最後の希望をその一言に託す。
兵士は僕を真っ直ぐに見つめていた。
だがしかし何も答えてはくれない。
そうか…燃やされてしまったのか…。
と、また黄色い歯を見せて兵士が笑った。
「そんなにほしければ返してやっても良いぞ。」
「え?」
思わず沈んだ顔を上げた。
「だが私の質問に答えてからだ!」
そういいながら首輪をクレーンに引っ掛けた。
な…
処刑じゃなかったのか?!
拷問?!
それはそれで嫌だ。
だったらとっとと逝かせてくれたほうがましに決まっている。
そもそも僕は嘘はついてないし侵略者でも魔術師でもない。
叩かれたって何も出てこない。
拷問された末の死?!
最悪じゃないか…。
滑車の反対側の鎖を若い兵士が少し引っ張る。
「グッ!!」
背伸びして立っているのがやっとの高さまで鎖を持ち上げられた。
「さて…」
兵士は部屋の片隅にあった木造の椅子を引っ張り出して座ると
同じく木製の小さな机に肘を付いて見せた。
「私の質問に答えろ。さもなければわかっているだろうな?」
「うぐっ!!ぐぅ…!!」
足が一瞬宙を浮いた。
意識が遠のく。
と、次の瞬間兵士が鎖の手を離し
床に倒れこんだ。
激しく咳き込む。
「まず質問だ。お前はどこから来た」
生徒手帳をめくりながら言った。
いつの間に!
兵士は生徒手帳のページをぺらぺらとめくりながら
僕の言葉を待った。
とりあえず答えられる事は答えた方がよさそうだ。
でないと、首吊りか運悪くすると首の骨を折られるかもしれない。
軽く咳払いをして
頭を起こすと兵士を軽く睨みながら言った。
「日本です。」
「それはお前の国の名前か」
「そうです。」
「ふん、聞いた事もない。でたらめではないだろうな?」
「本当です!」
生徒手帳じゃなくてパスポートでも持っていれば良かったのだろうか?
すると別の兵士が僕の学生かばんを持って現われると
机の上に置き、中身を広げて見せた。
中年兵士は教科書やノートをぱらぱらとめくりなかみを確認する。
「お前は一体何者だ。
この書物はなんだ?
見たこともない呪文のようなものがびっしりと書かれているがこれはなんだ?」
そんな…一度に一気に言われても。
僕も少しムキになって答えた。
「僕は中学生です。
それは教科書とノート。
そこに書かれているのは二次方程式です。」
もうやけだった。
質問には全部素直に答えている。
嘘はついていない。
中年兵士はさらに眉間にしわを寄せた。
「おい!」
その合図に若い兵士が鎖を引っ張った。
「ぐうううっ!!!」
また足が宙を浮く。
やばい…本当に…これ…じゃあ…
意識がふわりと軽くなるのがわかった。
ガシャン!
音を立ててまた床に投げ落とされた。
激しく咳きこむ。
「この期に及んで人をからかうとはいい度胸だな。
意地でもしゃべらないつもりか?」
椅子から離れ僕の前までつかつかと歩いてくると
次の瞬間、僕の頭を思い切り踏みつけた。
「素直に答えれば生かしてやっても良いんだぞ。なぜ本当の事を言わない?」
全部本当のことなのに…
でもヘタに歯向かえば…つぎは…
「そう言えば先ほど、親は医術者だとか言っていたな。
親の名前はなんだ?」
どうせ答えたところで許しなんかあるものか。
わかってはいたが
頭を踏みつける足の圧力が上がったので
しぶしぶ答える
「射川守。」
「イカワマモル?なんだ、その妙な名前は。やはりこの土地のものではないな。
では師匠はだれだ?」
「は?」
師匠?医療技術を教えた人の具体的な名前などしらないし
親の出身校を名乗ったってこの人にとっては答えにならないだろう…
「んん?」
突然中年兵士がひざを付いて僕の手を取った。
僕の指輪を見ている。
「…これは…」
みるみる中年兵士の顔が青くなっていくのが見えた。
僕の頭に乗せていた足をどけると
じりじりと後ずさりを始めた。
今度は一体なんだっていうのだろうか。
「魔術師を捕まえたというのは本当か?」
そこへ誰か一人部屋に入ってきたのが中年兵士の肩越しに見えた。
顔を上げてその人物を確認しようとした。
次の瞬間、僕は叫ばずにはいられなかった
「入間!!」
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