いつもと変わらぬ朝2

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「おはよう。良く眠れた?」
焼きたての目玉焼きをフライパンからお皿に移し変えながら母、かすみがにこりと微笑んだ。
「おはよ。」
横目でちらりと母の存在を確認すると暖かい食事が用意されたテーブルについた。
テーブルには今できたばかりの目玉焼きとサラダのプレート、ロールパンに牛乳、果物のびわが並んだ。

入れてもらったばかりの冷たい牛乳を一気に飲み干す。

牛乳は正直あまり好きではない。
独特の臭さみ甘さが苦手なのだ。
冷たいうちに飲んでしまえばそう感じるのも少なくて済む。

だから牛乳は冷たいものをなるべく一気に飲むようにしているのだ。
で、
「また牛乳一気飲みして…。お行儀悪いわよ。」
と母に小言を言われるのだった。
「あ、今日レッスンだから少し遅くなる。」
目玉焼きの黄身の部分だけをフォークで器用に取り出して食べる。
ティーポットからカップに紅茶を注ぐとそれを僕に差し出しながら母が言った。
「わかったわ。でもこの前みたいに寄り道しないで早く帰ってきなさい?
何かあったらすぐ電話すること。いいわね?」
「大丈夫だって。」
先週、レッスンの後に少しだけ本屋に寄り道しただけのことを言っているのだ。
まったく。数十分遅れただけで大げさなんだから。

「そういえば…愛理ちゃんピアノ始めたんだよね。あれからどうなったの?」
愛理というのは僕が通っているバイオリン教室の生徒さんでひとつ年下の明るくて元気な女の子。
最近になって母が開くピアノ教室にも通いだしたのだ。

「そうね、なかなか頑張ってるわよ。
今はバイエルだけどいつかショパン弾きたいって張り切ってるし。」
「急にどうしたんだろうなぁ…。今まではバイオリン一本って感じだったのにさぁ」
「あら、竹人のほうが詳しいんじゃないの?小さいときからずっと一緒だったでしょ。」
「うーん…といっても個人レッスンだし二人で会話ってあまりないんだよね。
話しても挨拶程度かな。」
「そう?意外ね。愛理ちゃんは竹人のバイオリン教室での話しをたくさんしてくれてるわよ?」
「え?そう?」
僕の方が彼女のレッスンの後なのに…。
帰らないでわざわざ僕のレッスンを聴いてた?
バイオリンのレベルは2年先に始めた僕のほうが上だから
今後のレッスンの参考にでもしているのだろうか。
「あー…、ピアノといえば…」
思わず一度咳払いをする。
「秋桜(こすもす)ちゃんは最近どう?元気?」
「え?秋桜ちゃん?ええ元気よ。この前はパウンドケーキを焼いてきてくれたし」
「は?なにそれ!聞いてないよ!!」
「あら、ごめんなさい。レッスンの後に皆で頂いてしまったものだから…」
くすくすと笑う母。
なんだよ!一切れくらいとっておいてくれたっていいのに!
「ほーら、急がないと遅刻するわよ。今日も朝練あるんでしょ?」
そういって目で時計をみるように促す。

わ!もうこんな時間。

ロールパンの塊を一気に口の中に放り込むとそれをまだ少し熱い紅茶で流し込んだ。
僕が席を立とうとすると母が思わず怒鳴る
「竹人!またトマト食べてない!!せっかくおばあちゃんが作って送ってくれたのよ?」
「えー、いいよ。なんかすっぱいの苦手だから」
乱暴に答えると行ってきますの言葉を付け加えて
かばんとバイオリンケースをもってキッチンを出た。

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