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あれから一体どれくらいの時が流れたのだろうか…
木々のざわめきが心地よすぎてずいぶんと眠ってしまっていたのではないだろうか。
気がつくと僕は林の中で仰向けになって倒れていた。
風に揺れる木々の枝葉の向こう側には透き通った青空が見えていた。
地べたに直接横になっていたからだろうか、体に寒気を覚えた。
ゆっくりと体を起こす。
少し頭がくらくらする。
一体どうしたと言うのだろう。
ちゃんと朝食と昼食を摂らなかったから貧血でも起こしたのだろうか?
だとしたら人生で初の体験をした事になる。
貧血で意識を失うなんて…。
自分の体はそこまで柔だっただろうか。
ゆっくりと辺りを見回すと自分の周りを雑木林が取り囲んでいた。
日はまだ高くどうやらあれから大した時間は流れていないようだ。
携帯を開いて時刻を確認すると17時半を回ったところだった。
今からダッシュで行けばぎりぎりレッスンに間に合うかもしれない。
もう一度辺りを見回したところでその異変に気がつく。
あれ?
石像がない。
すぐ目の前にあったあの巨大な半馬人の石像がなくなっていたのだ。
おかしいな…
ここら辺にあったはずなのに…。
それともあの石像を見ていた時点ですでに意識が飛んでいたのだろうか?
夢だった?
まぁ…どうでもいい。
とにかく駅に向かわなくちゃ!
よっこいせと立ち上がると制服についた土を払ったが
真っ白なスーツについた土はなかなか汚れが落ちたない。
良く見えないがきっと体の後ろは悲惨なことになっているのではないか。
さすがにこれで電車には乗れないよな…。
なんとなく寒気を覚えながらもズボンのおしりを念入りにはたき
スーツの上着をぬいだ。
よし!
かばんの中にスーツを畳んで詰め込むとバイオリンケースも一緒に持ったところで
歩き出そうとした足がぴたりと止まった。
ないのだ。
先ほどまで歩いてきた石畳の道が。
な…なんだよ…一体どういうことなんだ?
石像といい道といい、どこへ消えてしまったんだ?
必死であたりをみまわすがそれらしきものを見つけることができなかった。
それに…5月だというのに…こんなに寒かっただろうか…。
風はそんなにないが空気自体が冷たい。
天気はこんなに良いのに…。
なんだか妙だ。
何かしらの違和感を覚えていた。
少し背中に寒気を覚える。
最悪バイオリンのレッスンは諦めてでもいいから
まずはこの林から出よう。
一度深呼吸すると荷物を持ち直し
木々が深そうなところはさけなるべく明るい道を選んで進むことにした。
正直石畳の道がないと本当に雑木林のワイルドな世界を制服で歩くのはきつい。
もう汚れなんて気にしていられなかった。
ただただひたすら林の出口を探して歩き続ける。
学園の敷地内の雑木林で迷子だなんてなんだか情けない。
だが歩き続けていればいつか何かしらの建物が見えてくるに違いないはずだ。
学園の敷地としては幼稚舎と大学棟、初等部、中等部、高等部を
ざっくりと四等分して、敷地のど真ん中には大きな時計塔がある。
いずれどれかしらの建物に遭遇するだろう。
でなければ学園の敷地をぐるりと囲む高い壁にぶち当たるはずだ。
壁を見つけたらそれを伝っていけば必ず出口が見えるに違いない。
やがて視界の先に林が途切れて開けた世界が広がっているのを見つけた。
やった!出口だ!!
走り出したい気持を抑え足場の悪い林の中を何とか進むと
林の出口の手前まで来て足を止めた。
林の出口に広がっていたのは
今竹人が立っている場所から緩やかに下るように広い、広大な草原が広がっていた。
思わず体が硬直し息を飲む。
……え?
こんなところ、学園内にあったっけ?
その草原は地平線の向こうまで続いているようだった。
草原のところどころにいくつか小さな小道が東西、南北に伸びているのがわかる。
大学にこんなでかい施設があっただろうか?
農学部とか何か?
いやいやいやいやいや、聞いたことないぞ、うちの学園にこんなのがあるなんて…。
いつだったか家族で北海道に旅行したときにみた景色にどことなく似ていた。
ただ富良野で見たパッチワーク畑の模様とは違い
一面が稲のような青々とした緑色をしていて風が吹くとその通り道が目で見てわかるほどの
美しい景色でもあった。
が草原の土に水は張っておらず稲ではないらしい。
草の高さは竹人の身長ほどある。
僕は頭でも打って夢を見ているのだろうか。
ためしに思い切り頬をつねってみた
「いた!!」
痛すぎる。やっぱり夢じゃないのか…。
草原に建物らしきものは見当たらない。
だが、道があるのだから人がいるのは間違いなさそうだ。
困ったなぁ。
ズボンポケットから携帯を取り出し開く。
あれ…、圏外?!
それに…時間がさっき見たときから変わってないような…。
もしや携帯がフリーズした?
慌てて操作してみるがメニューなどは正常に開けるようだ。
壊れちゃったのかなぁ…。
ためしに自宅にコールしてみるが接続音さえつながらない。
本当に圏外のようだ。
と、目の前を蝶がふわりと舞った。
?!
思わず息が止まる。
桜の花びらのような淡いピンク色の翼を持つ美しい蝶だ。
大きさは揚羽くらいあるのではないだろうか。結構大きい。
こんな蝶、見たことがない。
羽を羽ばたかせるとまるでガラスでできているのではないかとさえ
異常な程の透明度があった。
やがて蝶は林の中へと消えていった。
なんだったんだ…今の。
新種を発見してしまった?
それともここは、実は大学の研究施設の敷地で何か新種のものを開発中?
……にしては無理があるか…。
敷地が異常に広すぎる。
金倉市一個分以上はあるよな…どうみても…。
何が起こったのかわからない。
とりあえず大きくわざとらしいため息を一つついた。
とにかく誰かに会って出口を教えてもらわなくっちゃ!
背の高い草を掻き分けてすすむとやっと細い道にでた。
石畳も舗装もされていない、ただの道だ。
やっと人一人が歩けるぐらいの細さだが道があるだけ有難い。
これ以上制服が汚れたらもはや白ではなく真っ黒でぼろぼろになってしまいそうだ。
道は正確なまでに真っ直ぐに続き地平線のかなた向こうで消えている。
一体どれだけ歩くけばいいんだろう…。
夢なら早く覚めてほしい。
そう願いながらなんとか一歩一歩歩き出した。