第八章:再会2

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風の中にいた。

とても強く、目を開けることすら出来ない
轟音とともに渦巻く風の中だった。

イネ=ノの部屋に移動したときのような瞬間移動ではなく、
竜巻の中心をトンネルにして進んでいくような感覚だった。

息が出来ないくらいだ。
一体いつまで続くんだろうと、突如音がぴたりとやみ、はっとして顔を上げた。

一面闇に覆われていた。

なんだ?ここ…
冷たい、凛とした秋の風のにおいがする。

辺りを見回すが真っ暗で何も見つけることが出来ない。

「イネ=ノ?」
怖くなってつかんでいたイネ=ノの手を強く握り締めた。

「大丈夫。ほら…、よくみてごらん」
そういわれ目を凝らして天井を仰ぐ。

すると、少しずつだが目が慣れてくる。
空にぽつぽつ、と小さな星の明かりが灯り始めたのだ。

どこか遠くで、かすかではあるが鈴虫のような鳴き声が聞こえる。

風が吹いた。

周りで木々がざわめく音が聞こえた。

やがてさらに目が慣れるとそこが竹林である事に気がつく。

ふわりと光が生まれた。

イネ=ノの指輪が光り、ランプの代わりを果たした。

すると、僕らが立っているところから少しはなれたところに
鳥居のような物が連なっているのが見える。
「ここを渡ったところが蠍座の宮殿だよ」
そういいながらそっと僕の手を引いて前を歩き出した。

渡る?

下を見るとそこには川が流れていた。
それもただの川ではない。
水の中に光の粒がたくさんキラキラと輝いているのだ。

「天の川…?」
ぽつりとつぶやいた。

これは天の川なんだろうか?
星や天体にはあまり詳しくないからよくわからないが
もしかしたら射手座と蠍座の間に天の川があるのかもしれない。

ああ…そういえば何かの雑誌で読んだことがある。

射手座方向が銀河系の中心だって。
って事は射手座の周辺に天の川が見えるはずだから
僕の考えは合っているのかもしれない。

歩いて渡るんだ…
汽車だったらもっと面白かったのに。

宮沢賢治の銀河鉄道の夜を思い浮かべ
軽く笑みをこぼした。

どれほど歩いただろうか、
暫くすると
巨大な鳥居が姿を現した。

こんな巨大な鳥居、見たことがない。
とにかく多きい。
天井は首を90度上げてやっと見えるかどうかというほどの高さだった。

鳥居の先にイネ=ノが手を伸ばした。
すると、
闇に包まれていた鳥居の先に光の鏡のようなものが輝きやきだし
吸い込まれるようにイネ=ノがそれに飲まれていく。
繋いだ手を思わず離してしまいそうになり慌てて手を繋ぎなおし僕のその光の中に入り込んだ。

光のカーテンとでも言ったほうがいいのだろうか。
その光の中をくぐった先には
今までの星空の世界とは打って変わって真っ直ぐな白い回廊が続いていた。
いつの間にか室内に入っていたのだ。

「え?え?!ど…どういうこと?!」
思わずきょろきょろとあたりを見回す。

「今のが入り口になるんだよ。この指輪がないと入れない特別なね。」
そう言いながら僕の手をそっと離す。

ヒノキのような木の香りがした。
白い壁は良く見ると木のような素材で出来ている。
白樺みたい?
いや…この世界のことだ。
ヒノキのような香りがする真っ白な木があってもおかしくはない。

僕はイネ=ノの斜め後ろに立って後に続いた。

少し歩くと回廊の先に大きな扉が現われる。
細やかな彫刻が施され、鳥や蝶などの彫刻が扉の脇にあった。
「ここだよ」
振り向いて僕に微笑んで見せる。

すると、うさぎの彫刻が一瞬ふわりと光ったと思うと突如動き出した。

「ようこそ、イネ=ノ様」

うさぎはぴょんと跳ねてお辞儀をした。

「うわぁっ!!」

思わず驚き後ろに一歩下がる。

深い紅色のうさぎの瞳が僕を捕らえた。
「こちらは?」
うさぎはイネ=ノに僕を見ながら問う。

「新しい助手だよ。まだいろいろと慣れなくてね。
さぁ、行こう、サクラ」
そういいながらイネ=ノは僕に手を差し出して見せた。

サクラとは…
ああ…さっきこの顔をみて僕が“桜倉先輩”って言ったのを
覚えていてそれを使ったんだ。

ここで僕にサクラという仮名が出来た。

うさぎが扉を開ける。

ギシシシ…と木のきしむ音がしながらゆっくりと扉は開かれていく。

突如お香のような香りに包まれた。
アジアン雑貨店に入るとするあの香りだ。

中はさらに回廊が続いていて薄暗かった。

木造の動物や花などの置物がたくさん壁沿いに並べられている。
窓には重そうな紺色のカーテンが掛かっていて外は見えない。
ろうそくの明かりが規則正しい間隔を保ちながらゆらゆらと揺れていた。

なんだろう…イネ=ノの宮殿とはずいぶんと印象が異なる。
イネ=ノの宮殿がヨーロッパだとしたらこちらはアジアンチック、それも
かなり日本に近い作りだ。どことなく懐かしさを覚える。

その薄暗い回廊はさらに真っ直ぐ宮殿の奥へとつながっていた。

後ろで今僕らが入った扉が音を立てて閉められたがうさぎは付いてこない。
あれが門番なんだろうか?

「ここはキク=カの部屋へ続く、直通の回廊と行ったところかな?
たぶんここを利用するのは僕ぐらいなものだよ。
それと、君の名前はサクラって事にしておこう。もちろんキク=カの前では
本名を名乗っていもいいが他の者の前では君は申し訳ないが僕の助手と言うことに
しておくよ。
その衣装も看護者のものなんだ。」
「うん、分かったよ」
僕はにこりと微笑んで見せた。

ずいぶんと歩いたような気がする。
やっとのことでその扉の前に立ったときには少し息が荒くなっていた。

正方形の木の板のような扉だった。
壁にベニヤ板を貼り付けたようなシンプルさに先ほどのうさぎの扉とのギャップを感じる。

イネ=ノがその板に手を当てた。

突如周りが白く光ったかと思うと気がついたときにはすでに部屋の中にいた。

そこで僕は息を飲んだ。

病院臭い。

それが第一印象だった。

薬やアルコールのようなにおいが部屋いっぱいに充満していたのだ。
少し息が詰まる。

部屋は廊下と同じか、それよりも少し暗かった。
近くのイネ=ノの顔がやっと分かるくらいだ。

ところどころに申し訳程度に小さなろうそくが置いてあり
かすかな光を放っている。

部屋が広いというのはなんとなく感覚で分かったが暗すぎてそれを確認する事はできない。

「やぁ、気分はどうだい?」
イネ=ノが声を投げかけた先に
大きなベッドのようなものがあった。


「すこし明るくするよ?」
イネ=ノが片手を空へ上げると突如部屋がふわりと明るくなった。

光の玉だ。

イネ=ノの部屋にあった光の玉がふわりと宙を舞い
部屋を照らし出した。

そこでやっと部屋の様子を確認することが出来た。

天蓋のようなカーテンが天井からぶら下がっているが
そこから無数の管がながれ、ベッドの上に横たわる人物に続いていた。

医療器具のようなものは見当たらないがまるで集中治療室のような印象を受けた。

カーテンに隠れて横たわっている人物の顔が良く見えない。

『イネ=ノ、遅かったじゃないか』 
声がした。
しかし、
不思議だ、なんと言ったらいいのだろう。
耳からというよりも頭に直接入ってくる声だ。

『君が竹人君だね。ようこそ。』

「さぁ、竹人。こちらへ」
そう言ってイネ=ノはベットの脇に僕を案内した。

部屋全体はイネ=ノの光の玉で明るくなったが
ベッド中央は天蓋のカーテンや管で陰になっていて依然薄暗い。

「はじめまして、射川竹人です」
頭を軽く下げて挨拶するとキク=カの顔を見ようとそっと顔を上げてみせた。

真っ白で細い腕や手首にはたくさんの点滴のような管が繋がれていて天井に伸び、
やせこけた体は子供のように小さい。

髪は暗いえんじ色、
それよりも少し濃い紅色の瞳が僕を捉えていた。

!!

えっ?!

心臓が止まるかと思った。

だがしかし…
叫ばずにいられなかった。

「明人っ!!」
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