第十二章:もう一つの答え
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帰りはイネ=ノの背中ではなく、
手を握って直接風の中を通り抜けて帰る例の瞬間移動をして帰った。
今はベッドに寝かされている。
僕が倒れたのをイネ=ノはとても気遣ってくれていた。
イネ=ノもベッドに腰を下ろし僕の顔色を見て少し渋い顔を作る。
「竹人…無理してないかい?」
「え?」
「朝からあまり顔色が良くないように思えたんだが
先ほどバイオリンの演奏を終えたとき顔が真っ青になってたよ。
疲れているんだろう。
大丈夫。明日には帰れるんだから安心するといい。
キク=カの予言は100%当たるからね。
何か必要なものがあったら言ってくれ。」
「ううん。大丈夫だよ。なんだか気を使わせちゃってごめん…。
……でも、
…正直言うとイネ=ノの言うとおりなんだ。
この世界に自分がいるという現実が受け入れられなくなる瞬間があって
まだ混乱してる。
でも大丈夫だよ。少し休めば治るから。」
「そう…。じゃあ僕は少し席をはずすよ。ゆっくり休むといい。
何かあったらアキレスを呼んでくれ。すぐ傍で待機してるから。夕食までには戻るよ」
「有難う」僕が例を述べるとイネ=ノはそれでも少し心配そうな表情を浮かべながら
天蓋のカーテンの後ろに姿を消した。
やがて人の気配が完全に消える。
部屋には静寂だけが広がった。
静か過ぎてホワイトノイズが聞こえる。
なんだか色々と悩みこんでいた事も女神の褒美によって一瞬一気に吹っ飛んでしまったような
感覚さえ覚える。
が、また部屋に戻ってきて再び僕は無意識的にも意識的にも帰りたいの呪文を心の中で唱え続けていた。
何故だろう。不安で仕方がない。
イネ=ノもキク=カも明日には帰れると言ってくれている。
なのになぜか胸の中がざわつく。
本当に帰られるのだろうか。
もちろん帰れるのなら帰りたい。
だが…本当にこのまま帰ってよいのだろうか…。
いつの間にか心の中でジレンマが起きていた。
キク=カの話がずっと頭の中で何度もループしている。
アスティーヤを治す力が僕にはあった。なのに
なぜキク=カには効かないのだろうか。
それが悔しくもある。
永遠に苦しみ続けるしかない病を僕は治すことができないのだろうか。
何百年も引きこもっていた女神を僕は救うことが出来た。けれど、
数百年はよくても永遠は消えないというのだろうか。
本当にこのまま帰っていいのだろうか。
だが…かといってじゃあ残ってくれるかい?と聞かれたのなら
僕は素直に首を立てに振ることが出来ないだろう。
矛盾しているのだ。
僕は、心の中で完全に矛盾していた。
軽く呼吸が乱れているのが解った。
息苦しくなってたまらず僕はベッドから起き上がると庭に出た。
日は傾き始め空一面を美しいラベンダー色のスクリーンが覆いつくす。
遠くでいくつか星が輝いているのが見えた。
空気は相変わらず冷たく透き通っていた。
肺をそれで満たしクールダウンを図る。
日がもうじき暮れるというのに庭に咲く花は元気に花びらを広げて咲き誇っている。
ああ、そういえば光花はどうしただろう。
先日植えたところまで行って思わず驚いた。
「うわぁ…。」
自分の身長と同じくらいの芽が伸びていたのだ。
ガラス色の管からあちこちにクリスタルガラスのような美しい葉が伸びキラキラと光輝いてる。
すごい…。
花本体もさぞや美しいのだろうが正直これだけでも十分満足できる美しさを誇っていた。
そっと葉に触れてみると予想外にも普通の植物と変わらない感触だった。
天秤座の宮殿のところで咲いていた花のようにガラスのような冷たさがあると思っていたのだが。
見た目と温度にギャップがあった。
むしろ嬉しい反応と呼べるかもしれない。
花が凍てついてちゃ美しくてもただただ冷たい印象ばかり与える。
それをこの感覚が覆してくれたのだ。
花が開花するところが見れないのがやはり残念に思えた。
近くのガラスの椅子に腰を下ろす。
静かな風にさらりとゆれ花たちは小さく微笑んでいるようだ。
ここでバイオリンを弾いたらどうなるんだろう。
きっとこの花たちも喜んでくれるだろうか。
そうだ…。バイオリンといえば…僕には何故人々、いや神様さえの病気を治すほどの
力を得たのだろう。
何か意味があるのだろうか…。
この指輪も…。
左手小指の小さな石を見つめた。
この世界からずっと僕と一緒に旅してきたこの石は一体どんな想いを秘めているのだろう。
「竹人様、こちらにいらっしゃいましたか…」
少し離れたところからアキレスの声が聞こえた。
見るとベランダ入り口の前でティーセットの乗ったトレーを手にして立っていた。
「お茶をお淹れしたのですが…お庭で召し上がりますか?」
「あ…じゃあ…ここで頂くよ」
かしこまりました、と品のいい挨拶をするとアキレスは近くのテーブルにティーセットを置き
暖かい紅茶を入れてくれた。
湯気と一緒にふんわりと甘い香りが広がる。
「じきイネ=ノ様もお見えになりますのでどうぞごゆっくり。」
「あ、ちょっと待って!」
思わずアキレスを引き止める。
僕の予想外の言葉にアキレスは紫色の瞳をぎょろっと丸くさせながら僕を見つめた。
「あの…時間ある?」
「え?」
「良かったら少し話さない?その…話し相手がほしくて…」
「ああ…はい。私なんかでよろしければ」
アキレスはニコリと微笑んで見せると
トレーをひざの上に置きながら僕の隣の椅子に腰を下ろした。
一瞬アキレスからなにかお香のような香りが香ったような気がする。
しかし、呼び止めたはいいものの
アキレスと何を話したらいいのかわからず思わず黙り込んでしまった。
少しの間沈黙のときが流れたがアキレスが穏やかな声でそれを破る。
「アスティーヤ様のお話を伺いました。
さすが竹人様。お見事ですね。」
「あ…ううん。正直まぐれとしか…あ、あと…アキレス…。
僕に敬語使わないで良いよ。」
「え?」
ちょっと驚いた表情を作る。
「前にも少し話したけどアキレスと僕の友達はすごくよく似ていて…
だから敬語で話されるとなんだかこちらも緊張してしまって。
普通にため語でかまわないから。」
「かしこまりました。では…あ…」
「ふふふ」思わず笑いがこぼれる。
「もう癖になってるでしょ?」
「そのよう…だね?」
堅苦しいため語を無理やり使うアキレスのその様がおかしかった。
「アキレスはイネ=ノの弟子って聞いたけど、アキレスも誰かを治療したりするの?」
「ええ。私はイネ=ノ様に比べれば当然力も劣りますし一人前としてはまだまだですが、
アキレス様が面倒を見ていらっしゃる子供たちの
病気を治したりしています。」
「子供たち?」
初耳だ。思わず小首をかしげる。
「ああ…ご存知ないのですね。
イネ=ノ様は身寄りのない子供たちを保護し育てていらっしゃるんですよ。」
「それは初めて聞いたよ。イネ=ノったら一言も言わないんだもん。
そんな事もしていたんだね。」
「はい。子供たち用の小さな宮殿がありまして
そこで子供たちと一緒に過ごされたりもしています。
意外ですね。先ほど子供たちのところへ行ったら竹人様の演奏を聴きたいとせがまれてしまいました。
子供たちはイネ=ノ様から竹人様のお話を聞いていたようですが…
ですからもうとっくに竹人様にも子供たちの話をしていたものと思っていたのですけれど…。」
「演奏してあげようか?」
「え?」
「子供たちがバイオリン聞きたがってるんでしょ?
僕ね、元の世界でもよく子供たちの前でバイオリン弾いたりしてたんだ。
だからアニメ曲とか童謡とかも全然いけるよ。
それに子供たちとわいわい過ごしてたほうが気分転換になっていいかもしれないし。」
「そうですか。それは子供たちもさぞかし喜ぶでしょう。
では早速参りましょうか。
イネ=ノ様には私のほうからお話しておきますから。」
「うん。じゃあ…」
そう言って椅子から腰を上げようとした時、ちょうどイネ=ノがバルコニーを降りて
庭に入ってきたところだった。
「イネ=ノ!ちょうど良かった。
今アキレスから子供たちの話を聞いたところだったんだ」
「え?ああ…。僕から話そうとも思っていたんだが…。」
そういいながらこちらへ来ると光花の茎に手でそっと触れてみた。
「大きくなったなぁ」
「本当だね。もっと背が低い花かと思ってたんだけど。」
「ああ。」
目を細めいとおしそうに葉を眺めるイネ=ノガなんだか切なく思えた。
「アキレス、悪いけどちょっと席をはずしてくれないかい?」
「かしこまりました」
すっと立ち上がるとトレーを持ったまま一礼し部屋の中へと戻っていく。
少しイネ=ノの表情が硬くなる。
「竹人…寝てなくて大丈夫なのかい?」
「うん。横になってるとついつい余計なこと考えちゃって。
こうして庭の花を眺めてるほうが全然楽だよ。」
「そう…でもあまり無理はしないで。
ところで、先ほどのアスティーヤの件は本当に感謝しているよ。
なんと言ったらいいのか…。どうも有難う。」
腰を90度折り曲げてお辞儀をされ驚く。
「ちょ…やめてよ、イネ=ノ。あれは本当に偶然というかまぐれと言うか…。
それにこの世界に来る前は僕にはそんな力なかったんだから…
僕自身ですら信じられないくらいだよ。」
「いや…そうじゃないんだ。」
「え?」
「アスティーヤの前で演奏する君の姿をみて確信したよ。
君が射手座守護神だって事を」
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