第十二章:もう一つの答え3

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お風呂のあと、アキレスに薬湯を入れてもらい飲む。
玄米茶のような甘いせんべいの香りがする。
色は紅茶のように美しい琥珀色だ。
一口飲むと温かい液体が食道を通り過ぎて胃袋に落ちていくのが分かった。
熱いティーカップを両手で覆うようにして持つと小さくため息をつく。
明日の今頃には僕はこの世界にいないのか…。
思えば短くも長い異世界生活だった。
まどろみながらソファにもたれかかり窓の外に目をやる。
部屋が明るいせいで外の様子はここからは分からない。
だが満点の星空が、この窓の向こうで広がっている…。

これで何度目の夜を迎えるのだろう。
そして、何度目の朝がやってくる?

この世界にやって来てからの事を何度も繰り返し思い返してはため息をつく。
その繰り返しだ。
新しい事は次々と起きているのに、僕の感情は淡々とため息を付く事を繰り返しているのだ。
半馬人に追いかけられたり大勢の前で演奏したり、バイオリンで病気を癒してしまったり、
イネ=ノに会ったり…色々だ。
色々ありすぎた。
ありすぎてため息が出てくる。
そして自分の異変にも気がついていた。
この世界での出来事をありのままに受け入れられずずっと心が動揺したままなのだ。
それは日がたつにつれて増し、混乱してはパニックを起こしている。
自分はこんなにも脆い人間だっただろうか。
僕はずっと薄暗い心の中でひざを抱え現実に怯えていた。
やがて光が差し込むと願いつつそれが天の助けなのか新たなる不安の予兆なのか…。
何もかも信じられずどうしたらよいのかと当惑しては、
無理やりに自分は大丈夫だと言い聞かせている。
だが、このままここにい続けたら心が壊れてしまうのでとさえ思い怯えていた。
そう…。
そう思わせる原因の一つに、ここの世界の人たちが僕の知り合いに瓜二つである事だ。
アキレスやアスティーヤ、そしてキク=カ…。何よりもイネ=ノに関しては自分と瓜二つだ。
彼らといると妙な気分に陥る。
まるで自分を客観視しているような不思議な浮遊感。
僕はここに存在しているはずなのに、もう一人の別人格を持った僕が存在している違和感。
どれもこれも受け入れられないものばかりだ。
もし、
もしも彼らがまったく僕と面識のない顔ぶれだったのならずいぶんと違っていたのかもしれない。
だが…。
異世界での現実は無邪気な残酷感で覆われていた。
次はなに?
どんな残虐な出来事が心を突き刺す?
常に構え続けていた心はすっかり疲れきってしまっていた。

もう、たくさんだ。

もう…頼むから、休ませてくれ…。

やがて意識がぼんやりとし始める。
頭が鈍くしびれるような…歯医者で麻酔をしたようなあごが鈍くしびれる感じ。
その感覚が顔面に、手足にと徐々に広がっていく。
突然体がふわりと浮いた。
アキレスだ。
アキレスが僕を抱え込んだのだ。
お姫様抱っこと呼ばれるあの抱き方だ。
アキレスの顔がすぐ目の前に迫る。
ああ…入間だ。
入間に抱かれているような妙な気分になり思わず噴出す。
そっと僕をベットに下ろし掛け布団をそっと掛けた。
「さぁ、今夜はもうお休みくださいませ。
どうぞ良い夢を」
そう言うとアキレスはにこりと微笑んだ。

意識が遠のく。
この夜が明ければ新しい現実が待っている。
そう、新しい現実。
再び現実の世界に戻ることが出来る。

アキレスが部屋の照明を落とした。
いや、自分の意識が消えたのが先だったのかもしれない。

朝が待ってる。
この瞼の裏の闇の向こうで…。


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