第十三章:星の石板3

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柔らかい朝日の空の中を駆けていた。
徐々に高度は増し、ガラスの花の宮殿はみるみる小さくなって行く。

「竹人様、大丈夫ですか?しっかりとおつかまり下さいね。」
イネ=ノの後をついでアキレスが言った。
「うん。大丈夫だよ」
アキレスの両肩をつかみながら返事をした。
かなりの速度がでているはずなのに不思議とスピード感や恐怖感などは一切ない。
すいすいと空を駆け上がり青かった空は徐々に白く光だし、やがて大気を付きぬけ宇宙空間へと出た。

満点の星空が広がりを見せる。
音は一切存在せず静か過ぎて耳が痛い。
振り向くと今までいた惑星がその姿を徐々に現し始めていた。

地球と似ている。
青く透き通った海、土色と緑色の大地、ところどころで渦巻く雲…

青いガラス玉のようにきらきらと光を放っている。

地球よりも少し惑星全体の色が深いような気がした。

「すごい…」
なんて…雄大な…。

あまりの美しさに思わず涙腺が緩む。

自分がいかにちっぽけな存在であるかを痛感させられる。
なんともすばらしい壮大な景色だ。

きっと宇宙飛行士もこんな景色を見ているんだろう。

前に向き直り流れ行く星々を眺めた。
星の通り過ぎる速度が速い。
イネ=ノたちの速度がそれだけ速いという事を示している事になる。

星たちが通り過ぎる中徐々に星の数が増えてきていることに気がつく。
気がつくとまばゆい宝石箱の中にいるような
なんとも美しい空間が当たり一面に広がっていた。

おそらくもうじき中心宮とやらに着くのだろう。

これで冒険が終わる。
今この状況にいること自体が大冒険でもあるのだが…。

やっと…

やっと終わる。

思えば長い長い5日間だった。
その間に僕は何を得ただろう。
得たものが多すぎて数え切れない。

たくさんの人たちに出会い、
もらったものが大きすぎる。

心は最高に満たされているはずなのに、それでもまだ不安はぬぐえない。

キク=カは病身ながらわざわざこうやって見送りに出向いてくれている。
アキレスだって僕を背に乗せて一緒に来てくれている。

僕のためにここまでしてくれる人たちと出会えて幸せだったではないか。

なのに…なぜか
煮えきれない何かが心のなかで引っかかっていた。

それはうまく言葉にはできない。
だが、なんだろう。
喉につっかえた心のわだかまりとでもいうだろうか、とにかくそれは
心に不快感をもたらしている。
どうにかしてそれを取り除きたいのだが、その正体がそもそもなんであるのか
自分自身もよくわかってはいなかった。

そういえば…。
なんだかんだでイネ=ノとゆっくり話す機会を得られなかったような気がする。

僕と同じ顔を持ち一番近くにいてくれた人物のはずなのに
正直僕はイネ=ノの事をあまりにも知らなさすぎるのかもしれない。

それが心残りでもあった。

「ねぇ、アキレス」
少し小声でアキレスの耳元に顔を近づけて話した。

「なんでしょう」
「ずっと気になっていたんだけど…イネ=ノは宮殿にいる間に何度も席を外したよね。
回診か何かしてたの?」

アキレスの次の言葉が返ってこない。

聞こえなかったのだろうか。

もう一度声をかけようとしたそのとき、ようやく返事が返ってくる。
「いえ…違います。」
いつもよりアキレスの声が低音だ。

「というと?」

「本当はもう少し二人でゆっくりお話がしたかったのですが
お時間がとれず本当に残念です。
見えてきました」
そう言ってアキレスが指差した方向をみると
強い輝きをもつ一つ空間を見つけた。

まぶしすぎてただの白い光の塊にしか見えない。

いつの間にか風の音に包まれていた。
轟音につつまれ恐怖心さえ生まれたのだが
それに負けじとイネ=ノたちはすいすいとその中を進んでゆく。

「光の扉が開きます」
アキレスの言葉が風にまぎれて聞こえた。

光の中に一点、黒い穴のようなような物が見え、
その中をくぐる。

その先は静寂と暗黒に包まれていた。
一切の存在を拒むように何も見えず聞こえず、アキレスの肩に置いた手に思わず力が入る。

「大丈夫ですよ」
アキレスの声にいくらか安心したものの
真っ暗闇は正直苦手だ。
自室で雨戸を閉めると一切の光がシャットアウトされてしまうのが苦手で、かと言って明るすぎると
眠れないのでコンセントに差し込む小さな豆電球型の非常灯ランプを使っている。
とにかく暗闇は苦手だった。
怖い。
背筋がぞくっとするのがわかった。

と、
小さな光が先で輝いているのが見えた。
豆電球のように小さく弱弱しい光だ。

やがてその光が明るくなってくる。
みるみるそれは大きくなり
光が体を包んだ。

突如激しく強い光に包まれ目を閉じた。

「着きました」
アキレスの言葉にそっと瞳を開いてみせる。

「え…?」

巨大な空間であった。

真っ暗な闇の中に巨大な円盤状の皿のような石板が浮いている。
学校の校庭を倍にした位の広さはありそうだ。
何か記号のようなものが彫ってあるがよくみてみると見覚えのある記号であることに気がつく。
占い雑誌なんかに載っている星座記号だ。

円の中心には星型のような紋章が書かれている。

「…ここは?」

「ここが中心宮さ」
イネ=ノがニコリと微笑みながらその石板の上に降り立った。
アキレスもついで石板の上に降り立ったので僕は礼をいいながら背中から降りた。
アキレスから持ってもらっていた学生かばんとバイオリンケースを受取る。

キク=カはスズ=タケに抱かれてイネ=ノの背を降りた。


中心“宮”というくらいだから大きな宮殿かと思っていたのだが、
それがただの巨大な石板だったことに驚く。

「さぁ、中心へ」
イネ=ノが先を進みその後を皆が続く。

中心に掘られた巨大な星型の模様の上に立った。

「ここにもうじき次元のゆがみが生じるはずなんだ。だから竹人はこの前に立って」
「うん…」
なんだか緊張してきた。
思わず息を飲む。

しかし何の変化も現れない。
静寂だけが僕らを包み込んでいた。
肩に引っ掛けたバイオリンケースを持ち直してみせる。

「そろそろかな?」
人型に戻ったイネ=ノが僕の斜め後ろから覗き込むようにしてその先をみた。

と、小さな竜巻のような風が僕の目の前に生まれた。
「きた!」
スズ=タケが叫んだ。

風はぐるぐると渦を巻きふわりと風の糸が解けたかと思うと
地面に闇の裂け目のような穴が現れた。
ちょうど人一人が通れるほどの程よい大きさだ。

「良かった…。さぁ竹人。ここをくぐれば君は元の世界に戻れるよ」
「これが…」

穴を覗き込むがその先は真っ暗で何も見えない。

「あ…皆様色々と本当にお世話になりました。」
最後に挨拶をしようと後ろを振り返りキク=カたちの方を見た、

ドンッ!

持っていたバイオリンケースが何かにぶつかった感触を受けた。

慌てて後ろを振り向くと
ちょうどイネ=ノが穴に落ちていく瞬間がまるで映画のコマ送りのようにゆっくりと
スローモーションで目に映って見えた。

イネ=ノが背中を向けたまま穴に落ちてゆく…。

え?

え?え?

僕がキク=カたちの方を振り向いたときに
持っていたバイオリンケースがイネ=ノにあたり、
その反動でイネ=ノが…?!

慌ててイネ=ノに手を伸ばそうとするが
バイオリンケースが邪魔でうまく手が伸びない…

そうこうしているうちにもイネ=ノは穴の闇にぐいぐいと吸い込まれて行く。

「イネ=ノーっ!!!」
思わず叫ぶ。
その瞬間、闇の穴がろうそくの火を消すようにふっと消えてしまったのだ。

体が硬直し言葉を失った。

う…そ……だろ…?!?!

僕の代わりにイネ=ノが僕の世界に飛ばされてしまったというのか?!
と、アキレスが僕の隣にいきなり駆け寄っていて
僕の背中を押した
反動で数メートル先の地面に倒れこんだが、
今まで僕が立っていたところあたりの地面になぜか亀裂が走っている。
「竹人様、お逃げください!!」
「逃がさんぞ!」

突然の出来事に僕は状況を把握することが出来なかった。

目の前でスズ=タケがみるみる巨大化し大きなサソリに姿を変えたのだ。

アキレスが僕をかばうようにしてその前に立つ。

キク=カはスズ=タケのそばに横たわっている。


「え?」

サソリの鎌がこちらに振り落とされる。

アキレスが腰に刺してあった剣を取り出しそれをさえぎりながら言った。

「やはり罠だったか!」
「ふん、感づいていたか。だがもう遅い。主の後を追って死ぬが良い!」
もう一方の鎌がアキレス向かって振り落とされた。


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